キャンプ旅に行こう 2006年夏・初めての北海道車旅の旅日記です。
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2006年 北海道の旅

8月15日 その2

愛山上川ICから高速に入り、士別剣淵ICで降りる。目的地は朱鞠内湖方面。

笹の墓標展示館

昨年も訪れたが、国道275号・朱鞠内から道道528号を北に少し走り、朱鞠内湖畔に入る道に右折。この交差点のすぐ横に昔はJR深名線・湖畔駅があったんだけど、そこから少し朱鞠内湖畔方面に進んで右に少し入った所に、「笹の墓標展示館」という所がある。

ここは光顕寺というお寺だった所で、1934年に建立されて1992年まで本堂として使われてきた。

笹の墓標展示館(旧光顕寺)現在は、旧国鉄・名雨線(後のJR深名線)と雨竜ダム(朱鞠内湖を作っているダム)の建設工事の犠牲者の慰霊の為に建物が保存され、遺品や建設工事の写真等の資料も展示されており、一般公開されている。

また、以前の発掘調査で見つかった引き取り手の無い犠牲者の遺骨と位牌が安置されている。

訪れているのは私一人。近くに民家があるものの、付近は静寂に包まれている。

恐る恐る引き戸を開け、靴を脱いで中に入る。

中には、雨竜ダムや名雨線建設工事の様子を伝える写真、タコ部屋労働や韓国・朝鮮から強制連行されて犠牲になった人々の遺骨の発掘作業の写真などが遺品と共に展示されている。遺骨が実際に安置されている事もあわせ、こうして事実を突きつけられるのは怖いものがあるのだが、ここに来たのは自分の意思だし、目をそらす訳にはいかない。

展示館内部 その1 展示館内部 その2

工事には数千人の日本人労働者と、3000人余りの韓国人・朝鮮人労働者が携わり、200人以上の犠牲者が出たという(ダム工事体験者の証言では、コンクリートに埋められた遺体もあるという)。遺体はここに安置された後に笹薮に埋葬された。

この笹の墓標展示館には、過去の強制労働の歴史を残すと共に、民族の違いを超えた和解・友好を願うという意味も込められている。過去を知る事で未来に繋げよう、という事だ。こうした取り組みは良い事であると思うし、今後も続いていって欲しいと思う。

ここでも手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。

また、近くには「民族の和解と友好を願う像」も建立されている。建立されたのは1991年なのだが、今でもきちんと整備され、ちゃんと管理されているのが伺える。碑文もまるで最近作られたかのように綺麗に保たれている。

碑文を下記に転載します(建立がJR深名線廃止前の為、「現」という表現が使われています)。

日中戦争から太平洋戦争に至る(一九三五年〜一九四三年)までの九年間、朱鞠内は過酷な強制連行・強制労働の現場でした。数千人の日本人労働者と三千人の韓国人・朝鮮人が名雨線(現深名線)鉄道工事と名雨ダム工事に従事させられました。

強制労働により死にいたらしめられた人々は、次々と朱鞠内の土に埋められていきました。 戦後復興の時代、私たちは犠牲者をかえりみる思いを失って時が流れました。

一九七六年、空知に一つの運動がおこりました。鉄道工事・ダム工事の犠牲者を調査し、遺骨を発掘し追悼しようとする「民衆史掘りおこし運動」に多くの人々が参加し、朱鞠内では「追悼法要協力会」が結成されました。

参加者による調査の結果、これらの工事の中で二〇四人(現在まで)の犠牲者の氏名が判明しました。その中には三六人の強制連行による韓国人・朝鮮人の犠牲者がありました。

一九八〇年から四度にわたる発掘調査で、朱鞠内共同墓地周辺の竹ヤブの下から一六体の遺骨が掘り起こされました。

それらの遺骨は参加者の手で改葬され、四〇年ぶりに遺族の手に還されていきました。

戦争の嵐の中で、山間の地にいのちを失った多くの「タコ」と呼ばれた労働者の慟哭と、他国へ強制連行された人々のいかりと悲しみにふれた私たちは、この運動をとおして二度と再びこのような犠牲を強いることがあってはならないことを学びました。

ここに、犠牲となった人々、遺族、そしていのちの尊さにめざめたすべての人々の思いを込めてこの像を建立します。

この地から、人間のいのちの尊厳をとりもどし、民族の真の和解が実現できることを願って。

一九九一年十月十日 「生命の尊さにめざめ民族の和解と友好を願う像」建立委員会 一同

朱鞠内には幽霊話がいろいろあるが、それらの発端になったのは、これら強制労働によるものがほとんどなのだろう。

今年も「旅の途中」へ

朱鞠内から、上富良野までは一気に移動。走行ルートはカーナビの距離優先で探索した経路を走ったのではっきり覚えていません(^_^;) 以前通った東神楽を通過したのは覚えていますが・・・。

午後5時過ぎに「旅の途中」に到着。宿主のtoshiさんが相変わらずの笑顔で迎えてくれた。しかも同宿者の中には見覚えのある顔も。あきらさん、なるとまきさん、そして元ヘルパーのふみよんさん(すべてハンドルネームです)。まぁ社会人やってると、まとまった休みが取れるのは似通ってくるからねぇ(^_^;)

この日の宿泊者は男性3名・女性5名。ちなみにあきらさんとなるとまきさんは私の後に予約を入れたとの事で、もしそれが無かったらtoshiさん曰く「NOBUさん、ハーレム状態だったよ〜」。

夕食後も食堂兼談話室でまったり語り合い、今回の旅で初めてのんびり落ち着いた一夜を過ごしたのでした。

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