2009年・四国の旅日記です。 | |
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2009GW 四国の旅5月4日翌日5日はR195旧道に集中しようと思っていたので、今日はその手前の香美市辺りまでの移動に留めようと計画。とっとと撤収を済ませて受付札を返却、出発するがものの数キロで雨が降り出し、カッパを着込む羽目に。サイドバッグの防水もしようと思ったが、リヤシート上の荷物が覆いかぶさっていて、一旦荷物を全部降ろさないと防水できない。 中身は濡れても構わないものだったので、防水は諦めて濡れるに任せる事にする。その後R56を高知方面へ。 TMP84-H-1に「ゴトゴト石」という物があったので見に行こうと思い、土佐市で県道39号経由でいの町から県道33号へ入る・・・ ・・・が、この県道33号は舗装されているとは言え、ほとんど林道だった(-_-;) 道幅は車一台分、アスファルトはかなり痛んでいて轍の間は苔が生えて緑色と言う状態。交通量は極少・・・と言うより、ほぼゼロ。 案内標識も皆無に近く、ひたすら森の中を進むので展望も効かず、自分がどの辺りを走っているのかも全く分からない状態。その為、途中で自分のいる場所を完全に見失ってしまった。TM上で現在地が皆目見当も付かない状態になり、ゴトゴト石を見に行くのは断念。 とにかく高知に出ようと数少ない案内看板を頼りに、何とか県道16号経由で高知市内に戻る事ができた。ちなみにこの間、写真は一枚も撮っておりません・・・。 その後はタイムロスを減らすべく、高知から南国まで一区間だけ高速を使い、香美市の土佐山田駅前(と言うか横)のホテルにチェックイン。キャンプも考えたんだけど、昨夜のような事態を考えると気が重かった。 龍河洞チェックインはしたものの、時間が早かったのでそれほど遠くない龍河洞を見に再出発。龍河洞は日本三大鍾乳洞に数えられており、全長は約4kmなのだそう。そのうち見学できるのは約1kmで、出口付近には弥生時代の住居跡がある。 バイクを駐車場に止めて入口に向かって歩き始めるが、両側には刃物屋さんが並び、包丁を中心として様々な刃物が展示即売されている。 中には「こんなものを堂々と売っていいのかいな?」と思うほど刃渡りの長いものもあったりする。正直言って購買意欲をちょっとそそられたが、積載量に余裕の無い所へ持ってきて刃物を積むのも躊躇われたので、今回は断念。 予算上の理由が一番大きかったというのは、ここだけの話という事で。 んで、これが龍河洞の入口。 ここに来るまでは長い階段を登るかエスカレーターを使って登らねばならないが、私は当然エスカレーター利用(^_^;) 入場券を買って中に入る。 中には所々川が流れており、天井も低く幅も当然狭い。足元も滑りやすく、下手にわき見していたら、足を踏み外してしまいそうだ。 昭和6年に内部の詳細な調査が行われたらしいけど、当時はこんな足場など無かったわけで、当時の苦労が偲ばれる。 今は観光用に通路が作られているが、幅の狭い場所はこんな状態で、私では前を向いて進む事ができない。 こうした場所は何ヶ所もあり、その度に横を向いてカニ歩き(^_^;) 内部はこんな環境なので湿度は極端に高い。通路は1km以上あってずっと上り坂、当然汗をかくが・・・全然乾かない。 髪の毛が汗でびしょ濡れなのだが、どうしようもない。タオルで汗を拭いつつ、ただ進むしかない。 写真では分かりにくいけど、道内には滝もある。これは看板にある通り「記念の滝」と呼ばれるもので、本格探査が行われた昭和6年までは、ここまでしか入る事ができなかったみたい。 高さ11mあり、この滝を登って奥の探索が行われたのだとか・・・。 で、こうした見所にはガイドさんが常駐していて説明をしているのだが、閉ざされた場所で照明は限られているので薄暗く、高湿度でジメジメしている場所での立ち仕事は大変そうだ・・・。 こういう仕事は、少なくとも私には勤まりそうも無い。 中にはこうしてライトアップされている場所もある。 確かに雰囲気は出ているのだが、個人的にはむしろ興醒めな感じもしないでもない。普通の照明で良いんじゃないのかな? 出口まであと一息・・・という所まで歩くと、この鍾乳洞のハイライトでもある「神の壷」がある。 この壷自体は2000年前の弥生時代の土器で、龍河洞の現在の出口付近に居住していた弥生人が使っていたものという事。 住んでいた弥生人がここに置き忘れたまま2000年が経ち、全体の1/3が石灰華に覆われて石灰石と一体化・・・と言うより、埋もれたようになっている。もちろん、もう動かす事はできない。 肝心な時にデジカメが電池切れしてしまった(泣)ので、写真は携帯で撮ったものをトリミングしたもの。照明が当てられているのでかろうじて撮影できたのだが、神秘的な雰囲気は感じていただけるかと・・・。 この先には、神の壷を再現する為に昭和12年から置かれている壷がある(写真を撮り忘れてしまったので、画像は関連サイトを検索してみてもらうということで)。 置かれてから60年以上経っている。表面は石灰華で覆われているが、やっと土台の鍾乳石との一体化が始まった所らしい。 神の壷二代目になるにはまだ気の遠くなる時間が必要になるが、こちらは記録が残っているようなので、変化がリアルタイムで分かるというわけだ。 こちらは出口に程近い、弥生人の住居跡。水が確保できる洞窟は、格好の住居だったのではなかろうか。洞窟内部は湿度が高いとは言え、出口付近ならそれほど気にならなかったかもしれないし。 ここからは、当時の土器や鉄器が発見されているとの事。 ようやく外にでて、乾いた空気に触れてホッとする。しかしここから駐車場までは、登った分と同じ長い下り坂が待っている。 汗を拭き吹き階段を下り駐車場まで戻ってきたら、二輪駐車場のバイクは半分くらいまで減っていた。 宿に戻る前に、龍河洞スカイラインをひとっ走り。 元は有料道路だったらしいが、今は無料の一般道路。結構走り応えがあり、南側には連続ヘアピンがあってなかなか楽しめるワインディング。 ただし路面はざらついており、路面の状態はあまり良いとは言えないが、雨でなければそう問題も無いでしょう。 ただ駐車場や展望場所が少ないのが難点かな。写真は、数少ない展望場所から撮ったもの。 近くに漫画家の絵が描かれている防波堤がある、と言う事で道の駅「やす」に行くついでに通ったのだが、道の駅自体は人が多くてのんびりできる状態でなかったのと、交通量も多くて道の駅に出入りするだけでも大変だったので、一服しただけで早々に退散。 龍河洞スカイラインのほうが、よっぽど楽しめました。 宿に戻って一息入れ、窓から外を見ると・・・このホテルは建物が土佐山田駅のホームと一体化していた。つまり、窓の真下がホーム。 「鉄分」の多い私は、しばらくの間列車が来る度に窓から駅を眺めて見物していたのでした。 [ 5/1 | 5/2 | 5/3 | 5/4 | 5/5〜6 ] |
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