2005年の北海道ツーリング旅日記です。 | |
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2005年 北海道ツーリング7月31日いきなり連泊です(^_^;)地元と思しきキャンパー数組は昨日夕方薄暗くなってからやってきて、私が朝のまったりコーヒータイムの最中に撤収していきました。確かに北海道では気軽にキャンプできる季節が限られているから気持ちはわかるけど・・・慌しいキャンプですな。 私は今日はここにテントを張りっ放しで「にわか鉄道ヲタク」をする予定。カップ麺朝食を済ませて、温泉セット(タオル・バスタオル・下着の替え)をトップケースに放り込み、身支度を整えて出発。 今日行ってきたのは旧国鉄士幌線の線路跡。一昨年行ったんだけど、士幌線終着駅の十勝三股駅跡とまだ線路が残っているらしい幌加駅跡に行っていないのと、タウシュベツ橋梁が今年はまだ大部分が見えているらしい・・・と言う情報を得たので、再訪するのが今回の目的。
R273からタウシュベツ橋梁へ行く林道には、新しくわかりやすい看板ができていたのでスムーズに行くことができた。さて、どうなっているのか・・・ ・・・なんとほぼ全体が見えている状態だった!
糠平湖の水位は非常に低く、タウシュベツ橋梁周辺は湖底が出ていて降りて行けるくらい。今年に入ってから雨が少なかったという事なのだろうか? とりあえず一昨年は水の中だった所まで降りていき、写真を撮る。間近で見ると、かなり痛みが進行しているのが良くわかる。十勝沖地震で一部が崩壊してしまったが、以前写真で見たよりも崩壊が進行していてかなりヤバそう・・・。 でもヤバいのは私自身だったかもしれない。何故かというと、最近タウシュベツ橋梁で熊が出たと言うことだし、今回は完全に私一人でほかに誰もいない状態。一応熊除けの鈴は付けていったが、最近の熊は人間を襲うと食料が手に入りやすいという事を学習してしまっている個体もいるらしく、そういう熊に遭遇したら鈴など何の役にも立ちはしないだろう。 しばらくここで見ていたかったのは事実だが、名残惜しみつつ立ち去る事にした。ちなみに林道からタウシュベツへ行く200m程の道(旧国鉄・士幌線の路盤跡)は、現在は車はもちろんバイクも入れないように丸太が置かれていましたのであらかじめご承知置き下さいませ。また、この道は湧水で半分川のような状態ですので、防水シューズや長靴などに履き替えると歩きやすいです。 旧国鉄・士幌線の上士幌以北には、コンクリートアーチ橋が多数残っています。糠平駅跡に建てられた鉄道資料館でパンフレットを購入(100円)できますが、これらの橋は砂利等の材料はすべて現地調達され、周囲の景観にも配慮した設計がなされているのが特徴。このタウシュベツ橋梁もその一つで、これらのコンクリートアーチ橋群は士幌線の特長にもなっており、歴史文化遺産として保存対象にもなっています。そして、現在は士幌線の路盤跡は遊歩道として整備が進んでいます。 ただしタウシュベツ橋梁に関しては、糠平湖に半分水没しているという立地条件の関係で保存が難しく、いずれ崩壊の運命を辿ることになるはず。見ておきたいなら、かろうじて11連アーチが繋がっている今のうちでしょう。 国道に戻って幌加駅跡へ。幌加駅跡は除雪ステーションのすぐ横。線路とホームは草にほとんど埋もれている状態なんだけど、驚いたのが切り替えポイントがまだ稼動すること。横にある大きなレバーを動かすと、「ガッシャン」と線路が切り替わります。何しろ初めての経験なので、つい面白がって何回も動かしてしまいました(^_^;)
士幌線終着駅の十勝三股駅跡は、三股山荘という喫茶店のある所がまさにそこ。国道を挟んで反対側には「十勝三股 待合所」というのがあるんだけど、「十勝三股」と「待合所」の間の空白には「駅」と言う文字がうっすらと残っていたりします。そう、かつては十勝三股駅に発着するバスの待合室として使われていたもので、現在もバスの待合室として使われています。 路盤跡などは残念ながら周囲が整備されてしまってわかりませんでした。昔はターンテーブル(SL用の転車台)が残っていたらしいのですが、ルピナスの花を見る為の散策路などが作られた関係で無くなってしまったそうです。
それにしても、昔はこの十勝三股に大きな集落があり林業で栄えていたとは、ほとんどの人には信じられないでしょう。士幌線の存在理由も森林資源の運搬にあったんですけどね。 昔は十勝三股の集落と糠平を繋ぐのは士幌線のみで、士幌線が不通になると即陸の孤島になってしまったそうです。ちなみに今は住む人はほんの数人で、周囲は完全無人地帯となっています。一番近い集落は、おそらく幌加温泉でしょう。 とりあえず目的がほぼ達したところで帰路についたんだけど、ホロカ温泉旅館(入湯料300円)で一風呂入る。この温泉は男湯は浴室内に食塩泉と硫黄泉があり(女湯は食塩泉ひとつだけらしい)、一番の特徴は湯船と床にこびりついた析出物。その付着量たるやすごいもので、床に平らな所がほとんど無い千枚田と言うか鍾乳洞みたいな状態。写真を撮り忘れたのが非常に悔やまれます(^_^;) 源泉をそのまま掛け流しているからこうなるのでしょう。建物も古びてはいるけど味があるし、気分良く入浴できたのでした(^^) ちなみに旅館の人にお願いすれば、女性も男湯に入る事ができるみたいです。もちろん男性がいないときに限ってでしょうけど(要確認)。 ひとつ残念だったのが、無料露天風呂に入り損ねた事。友人のサイトでこの温泉の事は知ってたんですけど、露天風呂の事をす〜っかり忘れていたんですよ(^_^;) ま、次回のお楽しみと言う事で・・・。
お客さんは私の他に地元の人と思われる一組のみ。のんびり湯に漬かって過ごし、汗が引くまでお茶を飲みながらまたのんびり。 上士幌市街地に戻り、中華料理屋で食事をしてから夕食の買出しを済ませ、キャンプ場に戻ってまたまたのんびり。日曜日と言うこともあってかほとんどのキャンパーが撤収して帰ってしまい、今いるのはほんの数組だけ・・・とここまで書いたらバイクが2台やってきました。でもまぁ、昨日より静かなキャンプなのは同じでしょう。 明日は撤収して東に移動する予定です。 8月1日東へ移動するために朝5時に起床し、6時に撤収開始。天気は小雨。フライは当然ビタビタなんだけど、そのまま畳んでパニアに入れてしまう。7時過ぎ、上士幌航空公園キャンプ場を出発。足寄・本別を経由して釧勝峠を超える。そして二股という所でちょっと脇道(ダート)に入っていく。何の為かというと、旧国鉄・白糠線終着駅の北進駅跡の探索の為。 駅の跡は、集落から結構下った人気(ひとけ)の無い所にあった。路盤跡も残っており、バラストと思われる砂利が地面に残っていました。 終着駅とは言っても、線路の片側に待合室のある小さなホームがポツンとあるだけの、現役当時は「日本一寂しい終着駅」と呼ばれるほどの小さな駅だった所。「北進」と言う駅名が付けられたのも、ここから北に向かって線路が延びていってほしいという希望を込めて付けられた名前だったのですが、時代の流れに翻弄されて結局ここから先に線路が延びる事はありませんでした。
もともと白糠線は石炭運搬が主目的だったらしいのだが、建設当時から収支に疑問が持たれていたとの事。それでも何とか開業にこぎつけたものの、国鉄終末期の不採算路線の廃止の波に飲み込まれ、開業してわずか10年ちょっとで廃止されてしまった不運の路線でもある。最終的には足寄まで線路を延ばす予定だったみたいなのだが、ここから先は工事される事は無かった。 北海道で不採算路線の廃止が始まった初期の頃に廃線になってしまった白糠線だが、遺構は国道沿いに多数残されているのが特徴。普通に走っていても橋梁や築堤があちこちに残っているのが見られます。昨日見て回った士幌線が上士幌以南はほとんど遺構が残っていないのを考えると驚くべき事かもしれません。
しかし国道392はあちこちで工事が行われており、白糠線の遺構は少しづつ消滅していくのでしょう。 その後は一旦国道38に出て道の駅・白糠恋問(しらぬかこいとい)で休憩。海岸線沿いは霧が出ている上に寒い。もっとも釧路と釧路周辺は、北海道の他の地域より気温が低い事が多いんですけどね。 大楽毛(おたのしけ)から道道53号を鶴居村経由で北上して午後1時過ぎには目的地の和琴半島湖畔キャンプ場に到着。 キャンプ場に早く入ったのは、とにかくテントを干したかったから。設営後はシュラフやタオル類も干し、ようやく一息。今日はもっぱら移動が主体の一日でした。 明日はここをベースに道東方面を回る予定。さて、どこに行こうかな?
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